演奏会感想の部屋

 



 休憩後の最終、第3ステージは大谷研二先生指揮で.。
 O.メシアンの『5つのルシャン』から抜粋して1,3,5。
 そして武満徹の『風の馬』全曲。

 この2つの作品を並べた理由はプログラムに書かれているが
武満徹がメシアンの影響を多く受けたことから?
 なるほど、聴いてみると武満作品は音数が少ないながらも
メシアンの音楽と共通するものが感じられる。

 同じくプログラムから、メシアンは自らを
 「作曲家兼リズム家」である、と語ったそう。
 その言葉の通り、様々なリズムが、
フランス語や意味不明の造語などの言葉を活かす。
 リズムと結びつく旋律の有機的広がり。

 ソプラノのソリストは会場を妖しい魅力で支配し。
 その雰囲気を断ち切る合唱のリズム!荒々しく激しく。

 瞬間、世界が凍ったような静寂。

 この現代的な難曲をここまで消化し、
どこかユーモアまで感じさせるように表現してしまうMIWO。
 楽曲上の効果が、単に効果と終わらず、
リズムと併せ生命がほとばしる演奏だった。


 そして『風の馬』

 1.第一ヴォカリーズ(女声)
 2.指の呪文     (女声)
 3.第二ヴォカリーズ (男声)
 4.第三ヴォカリーズ (混声)
 5.食卓の伝説(男声)・結句(混声)

 武満徹の数少ない合唱曲のひとつだが、
今まで聴いてきた演奏では、それほど心動かされたことが無い。
 心の奥にあるものを、声の風で揺り動かす。
 聴いてきた演奏にはそんな力が無かったような・・・。
 捉えどころの無いあやふやな、難曲の現代曲。
 そんなイメージを今までこの曲に持っていた。



 「風の馬」とは、チベットの遊牧民族が、移動して行くべき
次の土地を定めるのに行う占いのことである。
高原の広い空間に、一条の縄が張られ、
それに色とりどりの民族衣装のきれはしが結ばれ、吊りさげられる。
やがて風が吹いて、高原の冷たい澄んだ空気の中ではたはたと
音をたてる。ひとびとは、その布のたなびく方へ移り進んで行く。
「風の馬」とは、その布が結ばれた縄のことを指す。

                            (「風の馬」楽譜より)


 タルチョ(風の馬)はためくパジュディン峠の画像:ブータン




 「指の呪文」「食卓の伝説」は秋山邦晴氏の詩。
 MIWOはどんな風の馬を鳴らしてくれるのだろうか・・・。


 「第一ヴォカリーズ」からはじまる女声合唱は
声と旋律が、やはりなめらかに吹く「風」を連想してしまう。
 艶やかな光沢をもったその風は、ホールを満たし、
流麗に吹きながらも、動きに力があり、色彩がある。

 その流れを、風を断ち切るような

 「ゆび」

 という言葉。


 

 わたしに 何かがはじまった日

 指

 わたしのからだが 何かを知った日



 …暗示的な秋山邦晴の言葉が、
その旋律へさらに体温と血を加え。

 歌を誘い、撫で上げる大谷先生の指は、
女声たちと一体になり、そして触れられた歌は…
 肌にほのかな赤みがうかぶ。
 柑橘を握ったように香気が振りまかれる。

 控えめに、聴く者の心の奥底から染み出る、なんて演奏では決して無い!

 眼前で、
 ホールいっぱいに、
 大谷先生と女声たちの指で探り、探られ、
その水を、熱を、芯を確かめ・・・向かい向かわせ。昇りつめる様相。

 声が、肌を撫でるような触感まで強く意識させる存在感。
 同時に、傍らに立つ巨大な沈黙をざりざり擦り合せるような緊迫感。


 カウンター・テノールがやさしく響く。
 「第二ヴォカリーズ」の男声合唱。

 アフリカ:バンツー族の子守唄から引用されたこの旋律は、
耳に柔らかくあたり、かすかに体をゆらしていく。
 カウンターからバスまで一体化したその響き。
 和音の隙間でゆらぎ共鳴する美しさ。

 ・・・響きと旋律の叙情にこみ上げるもの。

 そして女声が加わり、遊ぶ風と戯れ、ダンスするような音楽。
 先ほどの子守唄が各パートで歌われ、MIWOの中で響き合い、こだまする。

 この曲の冒頭から、様々に感じていた風と響き。流れゆくもの。
 多くの音が、声が、耳と身体を通り抜け、そして。
 最後にMIWOがたどり着いたのはやはり歌だった。

 わたしは眼を瞑る。
 すべてのパートが子守唄を歌い始める。 
 暗闇の中で音に包まれる。
 すべての細胞が泡立ち賦活し始め、その歌を、さらに求めだす。
 私たちが幼子を軽く抱きかかえるように、
その歌は私を容易く抱きしめ、揺らし、原初のなつかしい感覚へ連れていく。



   a−bi−yo−yo…





 涙が滲んでいた。
 大きな拍手の音、眼を開けたステージの光とMIWOがまぶしかった。





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