演奏会感想の部屋

 

 
Brilliant Harmony第15回記念定期演奏会

             「セカイハカワル セカイヲツナグ」

           2004 6/5 18:00 開場。18:30 開演。


 今回の音楽ホールは川口総合文化センターLILIA(リリア)の4階にある。
 3階の休憩所に知人と座り、開場前にホールの入り口に並び列を成す
何十人もの人々を見上げながら

 「すごいねー。みんな聴く気マンマンだねー」
 「ねー」

 (…岡山からわざわざ聴きに来る人間はどうなんだという気もするが)

 開場時間を少し過ぎ、人が動きはじめてからよっこいしょ、と。
 ホール中に入り、席を取ると埋まるうまる人ひとひと。
 わっ、これって600席のホール、ほとんど満員なんじゃない?!

 もちろん今年のNHKコンクール中学の部の課題曲
「信じる」効果、というのもあるだろうが、
これはやっぱりそれだけの演奏活動をBrilliant Harmonyが
着実に誠実にしてきた、ということの証であろう。
 ・・・なんだか嬉しかったです。


 18時30分を10分ほど過ぎ、
26人の(プログラム上では28人)紫のドレス姿の団員と
白いスーツ(?)の松下耕先生がステージに姿を現す。
 ピアノは谷あや先生。

 『第1ステージ  世界の現代作品集』

 ・Gratias Agamus Domino Deo Nostro
 (我らの主に感謝) U.Sisask(Estonia)

 ・Seek ye the Lord(主を求めよ)
  K.Nysted(Norway)

 ・Dreams(夢)より
 I.Echoes(ひびき) ・ III.Restlessness(不安)
  E.Bergman(Finland)

 ・Atzo gaua(昨日の夜) J.Busto(Spain)
 『Gauaren zergatiaren bila』(夜の理由を探している)より

 ・O Vos Omnes(すべて道ゆく人よ) D.Hamilton(New zealand)

 ・出外人(ふるさとを出た人) 蕭泰然(Taiwan)

 ・Magos a rutafa(ヘンルーダの木は高い) L.Bardos(Hungary)

 ・Szelnota(風のうた) J.Vajda(Hungary)
 『ALMOK』(夢)より

 ・Canzone e Danza(歌と踊り) A.Koszewski(Poland)

 ・The Lake Isle of Innisfree(イニスフリーの湖島) E.Daley(Canada)

 ・HANGET SOI(きらめく雪) H.Sarmanto(Finland)

 (註:作曲者名の後の(  )カッコ…はその作曲者の国名)

 「セカイハカワル セカイヲツナグ」というサブタイトルからも分かるように
世界各国より現代曲、特に20世紀に作曲されたものを集めたプログラム。
 やはり曲間に松下先生がマイクを持ち、話をする、というスタイル。


 改めて書くまでもないことですが、私の感想はすべて、
この知識も感性も足りない文吾という人間の、
非常に主観的かつ独断的な文章にすぎません。
 ですからたとえそれがどのような感想であっても、
それほど読む方が大事に捉える必要はありませんよ、と
前もって宣言しておきます。

 なぜこういうことを書くか、というと。
 ・・・すいません。
 今回の演奏会、私にはあまり心に響かない演奏が多かったのです。

 もちろんBrilliant Harmonyは上手い。素晴らしく上手い。
 あの飾りのない、しかし芯を持った輝く声は健在だし、
難曲に団員が積極的に向かっているのも聴いていて充分に分かる。

 ただ・・・ただ、演奏曲がひとつのものとして耳に入ってこない。
 曲が1つの曲としての繋がりではなく、いくつかのブロックを糸でつなげたような。
 骨格と筋肉がずれているような。
 響き自体も昨年までの「ブリリ固有」の響きと違い、
やや「合同合唱」のような響きだったり。
 テンポの微妙な部分、表現に少し作為的なものを感じたり。
 ああ、なんだか、とにかく「もどかしい」!

 もちろんその「もどかしさ」は聴く私の側にも問題があって。
 「現代」合唱作品、ということで
それぞれの国の違った作品が演奏されているのだが、
ヴォカリーズの変化、和音の変化、楽曲の構成というものが
それぞれの作品に「共通している」と感じられてしまうのだ。
 その結果、演奏が進むにつれて、聴く耳の“新鮮さ”
…とでも言うべきものが薄れていってしまう。

 もちろん、それぞれの国の、作曲家の、作品の違いも
当然演奏には存在するし、
それは感じられることは感じられるのだが。
 ・・・その違いは
 「なにかみんな同じに聞こえてしまうなあ」…という
私個人の最初の印象の前には、残念ながら薄いものとなってしまう。

 現代音楽的な作品の間には、
雰囲気を変えるような親しみやすい作品ももちろん置かれている。
 だがその曲の演奏も、前の「現代」「難曲」の雰囲気を引きずり、
今ひとつ空気を変えるまでには行かないような。

 しかしそれはやはりそれぞれの現代作品の差違、というものを
私自身が充分に理解していない、ということも当然あると思う。


 順に簡単な感想を。

 <Gratias Agamus Domino Deo Nostro>(我らの主に感謝)
 これだけの難曲を、最初からよく暗譜で歌うなあ!と驚く。
 切迫するリズム。Soloから流れる響きの重層。
 後半はSisaskらしいリズムの繰り返し。
 Soprano solo.は歌、そして鳥の囁きを行き来するようで、
それが演奏に充分な効果を与える。

 <Seek ye the Lord>(主を求めよ)
 “こだま”のような幻想的な旋律に酔う。
 そのこだまから変化するゆらぎに引き込まれ。
 後半は軽やかな明るいリズムから
手拍子が一転して親しみやすい愛唱曲のような雰囲気を醸す。

 <Dreams>(夢)の2曲はやはり現代音楽的な難曲を緊張感みなぎる演奏で。
 ヴォカリーゼや囁きが様々に幻想的な世界を造り出す面白さ。
 プログラムでは「演奏者に即興性を委ねている」そうで。
 「面白いでしょう〜? …聴いてる方は!」と松下先生(笑)。
 
 <Atzo gaua>(昨日の夜)はBustoらしいリズミカルさ。
 そのリズミカルなアルトパートに乗せる、
スペインの舞踏的なソプラノの旋律が楽しい。

 <O Vos Omnes>(すべて道ゆく人よ)は
全日本合唱コンクールの審査員もされたD.Hamilton氏の作品。
 この曲は気に入りました!
 旋律の一音一音が引き延ばされたように。
 そしてその持続音の中に、表情の切なさや哀しさが加えられ盛り上がり。
 優美で感傷的な、とても共感を呼ぶような作品。

 <出外人>(ふるさとを出た人)は台湾の作曲家、蕭泰然氏の作品。
 ピアノが入り、台湾語で歌われるその曲は優しい、素朴な旋律。

 <Magos a rutafa>(ヘンルーダの木は高い)
「大きなルタの木」とも呼ばれるBardosの超有名曲。
 中学生が演奏しているのがほとんど、という現状に
 「一般女声が演奏しても良いと思うんですけど…」と松下先生。
 私もこの曲、高校生、大学生が演奏するのは聴いたことがあるけど
一般の団体が演奏するのを聴くのは確かに初めて。

 さすがに「大人が」歌う、と言うだけのことはあって。
 最初のヴォカリーゼから非常に深みのある表現。
 色彩、リズム、フレーズの多彩さが年少の団体とは全く違った印象に。

 <Szelnota>(風のうた)
 風のような、浮かび上がるリズムが含まれる旋律が中心の曲。

 <Canzone e Danza>(歌と踊り)
言葉の一部がトレモロのように繰り返され、
踊り歌に息の音が絡み、リズミカル、かつユーモラスな曲。
(「chao!」…と小声で終わる、というのがお洒落)

 <The Lake Isle of Innisfree>(イニスフリーの湖島)はピアノが入り、
ユニゾンで歌い上げる壮大なロマンティック・ミュージカルのような雰囲気。
 
 <HANGET SOI>(きらめく雪)
 きらめくピアノの前奏。雪が舞うごとく躍動感あふれる第一部最終曲。


 さてこの第一部、選曲は日本初演も多く、
さすが松下先生、耕友会!という気がした。
 今回のステージには「演奏会」というよりも「コンクール」のステージ、という
雰囲気が多く漂っている気はしたが、
その印象の通り、意欲的な一般女声、あるいは学生団体は
今回のBrilliant Harmonyの(特に前半の)選曲を
是非ともコンクール自由曲として参考にして欲しいと思う。

 ブリリの再演で聴きたい、という気持ちもあるが
他団体の演奏で、こんなセンスあふれる選曲をコンクールでされたら
きっと私はそれだけで嬉しくなる(笑)。

 もっちろんコンクールだけではなく、
演奏会に乗せるのにふさわしい曲!…でもある。念のため。



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