演奏会感想の部屋

 

  第20回宝塚国際室内合唱コンクール



 宝塚国際室内合唱コンクールは今年で20回になる。
 会場の宝塚ベガホールは煉瓦の壁、正面にパイプオルガンとステンドグラスがあり、
372席、小さめだが落ち着いた響きの大変良いホール。

 全日本合唱コンクールは少人数でも大人数の合唱団でも
同じ会場で演奏することになる。
 それは仕方のないことなのかもしれないが、
上限が20人の演奏にふさわしい、この小ホールで聴いていると
改めて“演奏にふさわしい器の大きさ”を考えてしまった。

 2003年7月27日13:00からのグランプリコンクールには
前日のコンクール各部門から5団体が選ばれ、
演奏時間制限も10分から20分に変わる。


 以下、演奏順に。

 合唱団まい(混声 指揮・雨森文也 14・長野)
 カテゴリーA(ルネサンス・バロック部門) 金賞
 カテゴリーC(近・現代部門) 銀賞

 Bonjour mon coeur(O.de Lassus)
 Le chant des Oyseaux(C.Janequin)
 A Garden of Bells(Murray Schafer)


 1列、半円に並んだメンバーからこぼれる熱い“うた”。
 パートごとの統一感の乱れや、
その熱い表現によるほころびはあったかもしれないが
パート、そして性別の違いを越えて、息と音楽がひとつに流れていく楽しさ、
喜びは小アンサンブルの魅力を十分に伝えてくれた。

 表現力も抜群で、Janequinの鳥の歌は森の奥に入り込んだような。
 そんな、呼び交わす鳥の鳴き声を見事に表現。
 SchaferのA Garden of Bellsも、
女声はほとんどソリストとなって多種多様な鐘の響きを表現し、
重層的に持続する鐘の音から、聴く側は鐘以外の多様で豊潤な世界をイメージさせられる。
 耳の底にまで響く鐘の音は、演奏が終わってもさらに長く、
自分の中で響き続けていた。


 Ensemble Vine(混声 指揮・伊東恵司 20・京都)
 カテゴリーC(近・現代部門) 銀賞

 Sicut cervus(G.P.da Palestrina)
 NORVEG LEANYOK(K.Zoltan)
 O MAGNUM MYSTERIUM(P.Villette)
 REGIS REGUM AVE(G.Orban)
 DAEMON IRREPIT CALLIDUS(G.Orban)

 伊東さんが指揮する、合唱団「葡萄の樹」からの団員が多いそうだ。
 ちなみに団名の「Vine(ヴァイン)」とは葡萄の蔓の意味だそうで。
 結成して3年、若いメンバーがほとんどのようだが2年前の前回では
金賞、総合3位、という実力のある団体。

 その若いメンバーの声は濁りがなく、とても爽やか。
 最初のPalestrinaは
 (一昨年の全日本課題曲の部分だけではなく、
  後半もちゃんと演奏。とても嬉しかった)
ひとつの流れの中で“うた”を出し、フレーズが重なる時でも透明の絵具を重ねるような。
 特にソプラノなどは無神経に男声に合わせることなく、
優しく、いつのまにか傍にいたような繊細な表現が見事。

 伊東さんの音楽は流れをとても重視するもの、と個人的に思っているのだが。
 その流れを重視する余り、この若いメンバーでは
それぞれの表現に抑制が効きすぎたような印象もあり。
 テンション、感情の上限がもっと上にあったら心に残るのに…
と思うこともしばしば。

 それでもその表現は愛らしく自然なものだったし、
声の透明度が高いのでVilletteの曲は和音の色彩感が輝くよう。
 Orbanの曲(良い曲だ!)はその若々しさ、明るさがとても良く伝わった。

 最後の曲でもリズムの的確さが印象に残りました。良い合唱団ですね!


 Taipei Male Choir(男声 指揮・Tien-Ming Tang 20・台湾)
 カテゴリーB(古典・ロマン派部門) 金賞
 カテゴリーC(近・現代部門) 金賞

 Domine,non sum dignus
 (T.L de Victoria)
 Che se tu se’il cor mio(C.Monteverdi)
 Ave Maria(A.Bruckner)
 Quatre petites prieres de Saint Francois d’Assiseより
 1 Salut,Dame Sainte 
 2 Tout puissant,tres saint
 3 Seigneur,je vous en prie
 (F.Poulenc)
 刈干切唄(松下耕)

 指揮者の満面の笑みが印象に残っている団体(笑)。
 大学生?という若いメンバーばかりに見える。
 その声はとても明るく健康的で、
統一感ある響きは気持ちよく上方へ広がっていく。
 Victoriaも力まかせではなく、
力感をちゃんと捉えたフレーズの柔らかさが見事。
 Monteverdiも台湾の人って体温高いのかなーと思わせる熱さ。
 思い入れがたっぷりで、しかしその想いの傾け方にイヤミが無い演奏。
 Poulencは「…あ、れ・・・これってフランス語だったよ、ね?」
と思ったりもしたが(笑)。
 素直に「こういう“アッシジ”もいいなあ!」と思わせられて。
 どうしてもPoulencの曲には壊れやすいガラス細工、のようなイメージがあって。
 その繊細さは、若い男性が歌うには
受け入れにくい部分があるかも、と思っていたのだが。
 このハツラツとしたエネルギーに満ち、
なおかつPoulencらしい和声とニュアンスを
充分に表現した演奏にはかなり好感を持った。
 刈干切唄も、独唱者は思い入れが過ぎて
手のフリが思わず出てしまうような、そんな熱演。

 それぞれの曲の違いが、やや出ておらず
聴き終わると「…なんかみんな同じ感じ…」のような印象もあったが。
 管楽器のように明るく、
開放的な力強い声と表現は本当に魅力たっぷりだった! 


 Moravian Chamber Choir(混声 指揮・Jiri Sikula 19・チェコ共和国)
 カテゴリーC(近・現代部門)  金賞

 Cacina(O.Halma)
 UKVALAKE PISNEより
 Ondras・Ty ukvalsky kostelicku・Fojtova
 Hanka
 (L.Janacek)
 Sipek(A.Dvorak L.Janacek編曲)
 Tancuj・Tancuj(J.Valaoh)
 Neznekomka(J.Falik)
 Jaakobin Isot Pojat(P.Kostiainem)


 あ〜やっぱりニホンジンとは声が違うんだなー。
 ・・・と改めて思ったこの団体。
 鼻腔が大きく広がって上方向に共鳴するような声に聞こえる。
 発声自体はやや軽めで明るく、
なにより演奏の雰囲気が
観客にあまり緊張を強いるようなものではないのが好印象。

 演奏曲は1アイディアの曲がほとんどで
 「あ、オモシロイなあ・・・終わっちゃった!」のような。
 コンクールの曲、というよりは愛唱曲を演奏されている気にもなったが
「Tancuj・Tancuj」冒頭の Tu!Tu! …のようなリズムの楽しさや
「Neznekomka」の休符がフレーズに多く入る曲には洒落っ気を感じるほど。
 …歌ってみたい!と聴きながら素直に思った。

 演奏とぜんぜん関係ないけど、女性の衣装がオリーブグリーン(?)の布を
思い思いにデザインした、それぞれに個性あるもので。
 日本の合唱団だと「みんな同じ!」になってしまう衣装に
自己主張を感じられてなかなか楽しかった!


 なにわコラリアーズ室内アンサンブル(男声 指揮・伊東恵司 20・大阪)
 カテゴリーC(近・現代部門)  金賞

 Le Bain(E.Rautavaara)
 Kiitavi aatos(S.Palmgren)
 Salve Regina(K.Nystedt)
 Beati Mortui(F.M.Bartholdy)
 Die Nacht(F.P.Schubert)
 Dalvi Duoddar Luohti(S.Paakkunainen)


 なんでも以前書いた「なにコラ」演奏会感想が団員さんから
 「ホメ殺し」…だと思われているらしい。
 なにコラに死なれてはかなわないので!
 …今回はムリをしてでも、泣きたくなっても、精一杯ケナさせていただく。あーツライ。

 やはり音程、リズムの精度がいまひとつ。
 大人数では割合ハマって演奏できても、
その中のメンバー少人数で演奏すると途端に演奏の難易度が上がってしまう。
 パートごとの統一感(特にベース系)や旋律への注意力、
アンサンブルへの意識がもう一段上だったら・・・と。
 あと音楽が大人数にふさわしい、そのまま、のもので。
 全体に漫然と、ややたるみが感じられた。
 もうちょっとテンポ感の配慮や音楽の推進を前にするようだったら
印象が違ったのかも。
 あと低声の鳴らしが少ないような気がしたのだが
これはパートバランスの問題?それとも伊東さんの好みなのだろうか??

 ・・・なーんて「ホメ殺し」と言われたくないので
批判をデッチ上げてみましたが、
やはり「なにコラ」が素晴らしい団なことは間違いない。
 前日のカテゴリーCを聴き終わった段階で
 「もう、これは、なにコラ1位決定!!」と自分の中では確信してたし。

 柔らかいものから硬質な音までの、多彩な音色。
 繊細で肌理のとてもとても細やかな表現。
 聴くものの注意をそらさせない緊張感の持続。
 そして上手すぎるテナー!
 (なにコラより上手いテナーがいる男声合唱団がもし存在したら
  ぜひとも教えて欲しいものだ!!)

 「Salve Regina」は音楽の運びや表現など
優れている箇所が5月の演奏会よりあったし。
 隣の見知らぬ男性は「Die Nacht」が終わったあと
 「う、うぅむ!」と唸っておりましたよ。
 (演奏を聴いて文字通りホントに“唸る”人に初めて会った 笑)

 そして最後の曲には持って行かれましたね〜。
 ベース系のムックリ?のような短い旋律の繰り返しが鳴らされる中、
バリトンのおひとりが懐からハデな赤い帽子を取りだし、
かぶったかと思うとおもむろにアドリブっぽく歌い出し、
次に帽子をかぶる人を求めさまよう、みたいな。

 森の中へ入っていく情景らしいんですが
帽子をかぶるのを指揮しながら「イヤイヤ」する伊東さん、
帽子を受け取ってからのソロも見事なテナーソリスト、と
全てにおいてユーモアたっぷりで会場中に笑いが起こっておりました。
 こういうのが“サマ”になるのって凄いことです。やるなあ!

 そしてこの曲の作曲家、どこのヒト?!
 団員さんに聞いても「知らな〜い」…だったんですけど。

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 その後の各方面からの情報によると(本当に感謝します!)
 作曲者はフィンランド人だそう。

 まずCA団員tardy_tさんの掲示板への書き込みから。


たでです。あのダルビと呼ばわっている曲ですが、おやびんからの
又聞きですが、祭りか何かの歌らしい。あの帽子を被せられた人は
歌を歌わにゃいけない決まり。以前東京都合唱連盟主催の
第1回男声合唱フェス(於:東京文化会館小ホール)で、
お江戸こらりあーずがやってました。帽子を取り出して被って歌った人が、
無理やり誰かに被せて歌わせ、自分は舞台を去る、これを順に繰り返していき、
指揮者まで歌わされて、段々舞台から人が減っていき、舞台裏でバックコーラスだけ
なり続け、最後の一人が誰にも被せようがなくなって、怒って舞台に
帽子を投げ捨てて去る、という演出でした。とても楽しい曲です。


 tardy_tさん、ありがとうございました!
 さらに親切な某氏からのメールによりますと。

 「Dalvi Duoddar Luohti」とは「冬山のヨイク」という意味で、
 「冬のラップランドの山岳風景」を描き、
 「ラップランドの伝統民謡“ヨイク”を模したもの」
 だそうです。

 そして、ヘルシンキ大学男声合唱団(YL)と
その指揮者:Matti Hyokkiによって委嘱された作品で
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楽譜中に(解説にではなく)テナーの
メンバーからだんだんはけていく、という指示もありますので、
当初から軽い演出がつく、という作品になっています。
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 ・・・だそうです。某氏に改めて感謝いたします。
 

 
 そんなわけで結果発表。

 総合1位
 なにわコラリアーズ室内アンサンブル

 総合2位
 Taipei Male Choir

 総合3位
 Ensemble Vine
・・・でした!


 


 <全体の感想>


 とても良いコンクールだな、と思った。
 全日本では出場すると、他の団体の演奏はあまり聴けないので
上位団体の演奏が次の日に改めて聴ける、というのがとてもありがたい。

 そして海外の団体も多く出場するこのコンクール。
 (今年はSARSの影響?で台湾のJui Ching Girls Chorusが
  参加できなくなったそうだが)
 こうやって日本の団体と海外の団体の演奏を並べて聴くと
「日本の演奏らしさ」というのが見えてくるような気が。

 練習を積むことによって、奥に奥に表現が行き。
 例えば四分音符が八分音符、十六分音符、三十二分音符・・・に
どんどん細かいところまで分解されていくような。

 もちろんそれはそれで素晴らしい面でもあるし、
そういう要素がないと音楽がツマラナイ、とも思うが。
 しかし大学生の演奏でよく聴くような
 「練習を重ねることで失われていくもの」がある演奏…ってこの
「ニホンジンの音楽への姿勢」から生まれるものなのかなあ、などと考えたりも。

 練習を続けていくうちに、表現は磨かれても、
同時に音楽の向かう方向が内向的になりすぎたり。
 音程やリズムの精度は上がっても、どんどん無機質になっていったり・・・。

 音楽を大きく捉えて、最初に感じたであろう楽曲への感動を、
こういったコンクールという場でも充分に表現できる、
そんな海外団体の演奏は素晴らしいと思った。

 そしてチェコ、台湾という、遠くからの参加で
意気込みも相当なもののハズなのに、
聴くものに必要以上の緊張を要求しない演奏、というか。
 演奏水準とは別に、電車で1時間ぐらいしかかからない団体の演奏で、
なぜこうも「身じろぎひとつしてはならないぞよ!」…という雰囲気の団体が多いのか。
(それでも全日本の全国大会よりは、気軽に聴ける団体は多かったが)

 もちろんコンクールだから「上手さ」は大切なのだけど、
それ以外にもその姿勢、雰囲気に学ぶものが多いコンクールでした。
 そして、そんなことを海外の団体から学んだ後、
改めて日本的な音楽への姿勢を意識的に選択するのなら、
それは素晴らしいことなんじゃないかな、とも。

 宝塚市の財政難により次回開催は2005年、ということ。
 会場では「来年も開催しましょう!」…と盛り上がってましたが。
 それを受けたのか、このコンクールで常連の団体が集う
「ジョイントコンサート」が2004年7月25日(日)に同じホールで開かれるそうな。
 
 いやー、名古屋にいる時、グランプリ大会だけでも聴いとけば良かった!
 聴くだけの参加でも、それだけ実りの多いコンクールでした!!




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