演奏会感想の部屋

 

     「Brilliant Harmony第14回演奏会感想 その2」


 日本の民族音楽を5曲、ということで。
 最初に演奏する「えっさっさ」
フランスでの国際コンクールのための新曲で、“今日が初演”、ということ。
 3分、という時間制限に収めるように作曲するのが難しかったです・・・
などと松下先生が話しているとハッピに着替えた
ブリリメンバーが元気に入場!

 和歌山県のわらべうた「えべすけどんどん」をもとにしている、というこの曲。

 躍動感ある、えっさっさ…というかけ声。
 そして音程が付き、速いテンポで複雑に絡まる旋律。
 声の変化、リズムの変化、難易度の高い和音を
テンション高く、完成度高く演奏し
最後に「えっさっさ!」が大きく響くと客席は拍手の嵐!

 松下先生「あー緊張した!」(笑)。

 「自分の曲で言えないのは
  『この曲って、イイ曲だよね〜』って言葉で(笑)。
  お互いに『良い曲、だよ、…ね?』と探り合いながら
  練習していくんですけど(笑)」


 紀の国のこどもうたより1・2より
「ちーちーちったんこの」「やんまヤッホー」
リズムの楽しさと、わらべうたらしい、
どこか懐かしさがただよう演奏。


 日本の民謡2より「日向木挽唄」
ソリストの歌から、哀感をにじませながらも、
山々に響くような透明な音色が重なっていく。

山で子が泣く 山師の子じゃろ
 他に泣く子が あるじゃなし…


 空に消えていくような切ない持続音の美しさ。
 抒情が胸に染みていきました…。

 続けて日本の民謡1より「八木節」
 ステージ上に広く立ったメンバー。
 松下先生は、ステージ下に降りて指揮を。

 「ダッダッダ…」というテンポ良いスキャットに乗せて

 ♪ハァ国は上州 佐井郡にて

 と、威勢良く歌が走って行くと曲後半、
 いつのまにかステージに上がっていた松下先生、メンバーが
 一斉に『ジャンプ!』
 着地し腰を落とした“構え”のまま、
さらに勢いよいノリで見事に歌い切った!
 会場から大拍手&指笛!!

 や〜松下先生編曲の民謡は、やっぱり盛り上がりますねえ〜!


 ハッピを脱いだメンバー。
 「合唱ファン以外の方、お待たせしました!」と松下先生。

 女声合唱によるさだまさし作品集『北の国から』より
 「道化師のソネット」

 この曲に、「こんなに“魂”こめる?!」
 …という入魂の演奏!

 笑ってよ君のために
 笑ってよ僕のために


 演奏前に「…いい曲だと思います」との言葉は
本当に、本心からだったのだ、と納得の演奏。

 「無縁坂」もしっとりと母への想いを歌い。
 第1部では感じさせなかった「力」「熱さ」というものを
ここでは聴く側が震えるほど放射していく。
 この使い分けができる、というのが・・・唸る。

 この演奏なら“さだまさしファン”も充分に納得するんじゃないかな〜。
 次はブリリの演奏で「秋桜」を聴きたいなあ、泣けると思うなあ・・・。


 「拍手が無ければ、次の曲が最後の曲になります(笑)」
 (・・・プログラムには当然のごとく次の、次の曲。
  【Encor】の紹介が・・・ 笑)

 松下先生によると、この美しい旋律。
 「さだまさしは、日本のジョン・ラター」…だそうで。
 ら、ラターっすか?!

 「北の国から」


 第1部の曲間でも松下先生は
 「ブリリの上を通った人たちは100人。
  いや、200人はいるかも・・・」と語られていたが。

 ここで、第1回の演奏会から昨年まで連続出演して
出産・育児のため、今年は出演できなかったメンバーを筆頭に
客席から3名が仲間に加わって、あのメロディを。

 ・・・過ぎた時間と、通り過ぎた人たちを大事にするように。


 この曲で涙が光る幾人かの団員を包むように、
観客からのあたたかい拍手が長く続いて・・・。

 続いて・・・だが、もちろん観客は、
これを「最後の曲」にするつもりは、ない(笑)。


 アンコール
 「The Typewriter on Chorus」

 松下先生が編曲した、
アンダーソンのタイプライターを使う器楽曲の合唱版初演。
 全員暗譜で「da-ba-da-ba…」の超高速スキャット!

 フィンガースナップ、口笛、ちょっとした寸劇いろいろいろいろ…が
目が回ってしまうほどの超絶技巧で。
 もしも「コレ歌え!」…と言われたら
裸足で逃げ出しちゃうほどの難易度の楽曲と演出なんだけど。
 聴いている分にはホント〜に楽しく、コミカル。

 そして 『very cute!』 って言うしかない演奏(笑)。

 ・・・幸せな、しあわせなアンコールでした。

 その幸福感に感謝するように、
拍手は団員最後のひとりが見えなくなるまで、続きました。


 技術的には、旋律の中の力点や重心が
とてもなめらかに移動することに驚いて。
 声の響き方も昨年より自然に、つややかに響くようになり、
身体がとても上手く使えている印象を持つ。

 これは『バレエ』の成果なのだろうか?

 もちろん難しい和音でのパートバランスや、
ステージ上の動きの差が団員の中で感じられたり
他に細かなミスはあったかもしれないけれど。
 そんなことを挙げるのが馬鹿らしくなるほどの充実度。


 フランスでの国際コンクールのためかはわからないが
昨年と同じ曲が4曲ほど演奏されていた。
 正直、聴く前は「使い回し?」と思っていたのだが
実際聴いてみると時間の深みが演奏に加わって、
とても良い演奏ばかりだった。

 ポップスの、あるプロ歌手がアマチュア合唱団に言った
 「みなさんは毎回新しい曲をやって凄いですね。
  私なんかは歌える曲が少ないので
  同じ曲をいつも歌ってますよ」・・・という言葉。

 この「歌える」という言葉の持つ意味を再認識した気分。
 えーと、次回は「雪の森の静寂」をもう一度(笑)。


 強く言いたいのは、選曲、演出、もちろん演奏も含めて
 『合唱を知らない人』たちにぜひ聴かせたい演奏会だと思った。

 単に演出があるから。
 ポピュラーの編曲を演奏しているから、ではない。
 それぞれの曲のスタイルを深く理解した演奏。
 そしてその演奏が「合唱ならでは」の魅力に満ちている。
 合唱音楽の幅広さと奥深さを、
こんなにも楽しく、やさしく伝えてくれる演奏会は他に無い。

 「文吾はなんで合唱やってるの?」
 …と合唱をやっていない人にもし訊かれたなら。
 黙ってこの演奏会の客席に座らせたい。
 私が百万言のことばを費やすよりよっぽど、よっぽど説得力がある。


 全体を通して、第1部で特に感じたことを。
 どの曲も、どの曲も、自然で、力みがなく、聴いている間
本当にリラックスした気持ちが続いていた。
 あまりにも自然なので、難曲の演奏でも全く難曲と感じさせない。
 技術的に怖ろしく高度なことをしているはずなのに、それを感じさせない。
 聴いた人の中には
 「ブリリって、たいしたことねーじゃん!」…と思う人もいるのでは?
 などと、ファンとしては心配になってしまうほど。

 後で団員さんに訊いてみると。
 耕友会の団体はこのところ、
海外での公演やコンクールを経験することが多く。
 そういった場では、日本の合唱演奏でよくあるような
テンションを非常に高め、聴くものに緊張を要求するような演奏は
「逆に浮いてしまう!」…そうだ。

 海外の団体と、自分たちの演奏を比較して、
「自然な、力みがない」演奏に向かうようになったのかな、と思う。

 
 実は、演奏を聴き終わった日よりも、
しばらくたった今のほうが、感動は深い。

 別名「耕友会で一番練習する団」のBrilliant Harmony。
 これだけの曲を演奏するのに、苦労が存在しないわけはないだろう。
 わずかだが練習を覗かせていただいたり
団員さんに話を聞いたりして、その苦労や努力は想像できているつもりだ。


 「苦労」や「努力」そして「一生懸命」。
 それらを見せずに、そして見せない分、
そのエネルギーを内なる力へと変える意志。
 うたに力がこもるように。
 うたに豊かさがあふれるように。

 時間がたった今だからこそ、
演奏を思い返すと、そんな意志を感じてしまう。
 じゃあ、うたに存在する力、豊かさ、とはなんだろう?
 Delibesの「Les nymphes des bois」で、それを一番感じたのだが。


 
 自分が就職する時、合唱のCDやテープをダンボールに詰め、奥深くしまい込んだ。
 合唱に関係するものがあると苦しくなる。
 目指した職種の勤務時間の理由で、もう合唱はできなかった。
 そして全く歌わない、聴かない3年間を過ごした。

 その道をあきらめた時、3年ぶりに以前に入っていた合唱団へ行った。
 ちょうどBrilliant Harmonyの演奏会と同じ5月。
 本番も近くない、のんびりとした土曜日、昼の練習。
 練習場所には5月の真昼の陽があふれるほどで。

 3年ぶりに聴く、その合唱を聴いて、自分はなにかに打たれたようになった。
 「ああ、…なんて “豊か” なんだ!」
 ひとつの歌に対し、数十人の人間が、
これだけ真摯に自分の存在を投げかける。

 歌が無くても人は生きていける。
 自分はそうして3年を生きていた。
 しかし、だからこそ、本来生きることに必要が無いからこそ、
歌は贅沢だ。豊かだ。

 本番が近くなく、なにかに強制されるような力みが無い歌。
 自分たちの中から自然と湧き上がるような歌だからこそ、
その豊かさは胸に響いた。

 仕事の道に出来うる限り進むため、
仕事以外の物事を身体に入れないようにしていた自分にとって
練習会場にあふれる、その豊かな歌はまぶしすぎた。

 5月の、窓から射し込む光とともに、あんまりまぶしくて涙が出そうだった。


 そのまぶしさの中で、
だれの強制でもなく、そして義務でもなく、
ふたたび自分は歌を選んだ。
 その豊かさを自分のものとするために。
 枯れた心を、ふたたびうるおすために。


 この日、Delibesのひたすら明るく美しい
「Les nymphes des bois」を聴いているうちに、
視界が水にさっ、と覆われた。
 水のむこうに、ずっと忘れていた、まぶしい風景が甦ってきた。


 伝えること、届かせること、そして歌うこと・・・。
 熱演、力演、そんな言葉からこれほど遠く離れた演奏は無いのに、
なんて力にあふれた演奏なんだろう。

 その力は、聴いた自分の裡からあふれてくる力だ。
 聴く者から音楽のゆたかさがあふれてくる歌だ。


 まぶしい光の中で歌を選んだ。自分の意志で。


 Brilliant Harmonyは、いつも私に歌を教えてくれる。





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