演奏会感想の部屋

 

 
       バーバラ・ボニー リサイタル



   白状すると私はまったく声楽の良い聴き手ではない。
 …努力はしたんです。努力は。
 でもなんですかアレ、
なんでそんなに声を震わせなきゃいけないんですかー、とか
耳が大して良くない私にも分かるび、びみょおおおな音程感、というか
あなた伴奏のピアノの音聴いてないでしょ、というか
自分の声すら聴いていないでしょ。
 それに高い音をあそこまで得意げに張り上げる、って
そもそも意味あるんですかね?
 …わかった! これは「音楽」ではなくて
 「どれだけ高い音を大きく出せるか」コンテストなんだね!!

 わっ、石は投げないで石は。
 ・・・そういうコドモじみた疑問を抱いて今日まで生きてきたのです。
 でも数少ない「お気に入り」の声楽家情報から考えるに、
私が好きなタイプの声楽家はどうやら「リリック・ソプラノ」という声種らしい。

 そんなわけでチラシには
 「世界最高のリリック・ソプラノが贈る愛の世界」とのコピーが輝く、
バーバラ・ボニーのリサイタルへ行って来ました。
 「世界最高」ですよ「世界最高」、期待が膨らみますね。

 2004 10・18 19:00開演
 岡山シンフォニーホール

 ピアノ:ヴォルフラム・リーガー

 岡山公演のプログラムは前半が
 「スカンジナビアの詩人の恋」と題された、
シベリウス、ステンハンマル、グリーグ、
アルヴェーン、ショーベルイ・・・といった
北欧系合唱を少しでも聴いた人には目にしたことがある作曲家が並ぶ。


 さてその歌唱は・・・

 ・・・ああっ、こ、これは素晴らしい! 来て良かったです。昇天。
 最初こそ声楽的な独特の表現方法に違和感があったものの、
どんどんその世界に引き込まれていきましたよ。
 まずイメージありき、でそれに技法が着いてくる印象。
 純な声自体もさらに磨かれ、研ぎ澄まされ、音程感も素晴らしい。
 ピアノと創り出す響き、そして声だけでも単音なのに幻の和声が聞こえる、ような。

 バーバラ・ボニーはアメリカの大学でまずチェロとドイツ学を学ばれて。
 そしてドイツ語の語学留学としてザルツブルグに渡ったものの、
 「お金がないから飛行機にチェロを積めなかった」ことから、
ザルツブルグのモーツァルテウム音楽院で初めて声楽を学んだ、という…。

 なんですか、このエピソード。
 それならお金がないチェロ奏者やハープ奏者は海外留学すると
みんな声楽専攻になっちゃうって事ですか?!(ちがう)

 それでもチェロを学んだことから、その和声への感覚や、
弦楽器のような流麗な、息の長い旋律が生まれるのかなあ、と納得。

 そしてテキストを伝える、その身体全体で醸し出す雰囲気。
 グリーグの深みのある音楽、ステンハンマルの透明な抒情・・・。
 多彩なイメージから放たれる様々な旋律・技法は
「声、そして歌ってこんな多様な美しさがあったのか!」と
つくづく驚嘆、感動させられました。

 雪深い冬、陽も沈んだころ。
 扉を開けるとバーバラさんが笑顔で、
温かいココアと外国の絵本を取り出してくれる。
 外国語そのものはさっぱりわからないけれど、
絵本を読むバーバラさんの表情や声音、わずかな身振りで
北欧の娘の悲恋、彼の人と面影が重なる薔薇、そして恋の神秘…
 ここではない、彼方の世界が目の前に広がっていく・・・。

 「歌うというのは美しいことです。そこに意味深い言葉がある。
 それには作者の精神が込められています。それをつなげ、
 私自身で再構成し、解釈して、聴衆の方達に差し出して
 コミュニケーションできる。そして、ひょっとしたら、
 聴かれた方の人生が変わるかもしれない。
 それは素晴らしい事です。特にリートの場合、一生懸命に
 受け入れてもらえるよう努力しないといけないと思っています」

 バーバラ・ボニーはそう語ったそうだ。
 精緻で隅々まで美しく、広く高次元な世界をその声で示しながらも
安らいだ心持ちでその音楽を聴き続けていられるのは
技術そのものの安定感もさることながら、
そうした「コミュニケーション」の意識が素晴らしいからだとも思う。

 ブリテン歌曲集「この島国で」も現代的な詩が知的な歌唱によって、
独特の苦みと諧謔的な世界を見事に表出させ。
 マーラー歌曲集「子供の不思議な角笛」でも
歌うことへの率直な喜びと美しさを伝えてくれた。


 「テキストを伝える」…と簡単に言ってしまうけど、
発音、言葉がイメージする世界、
それを音楽で表すとは、さらに声という表現方法の可能性・・・。
 その全てを統合し深く考え、さらに聴衆に分かりやすく手渡す。
 ・・・まるで絵本を読み聴かせるように。
 ああ、本当に、さすがです、バーバラ・ボニー。

 そうそう。アンコール2曲目は武満徹の「翼」だったのだけど。
 最初こそ母音が日本語としてアヤしく感じられたものの、
すぐに現代的な、鋭い切り込みと風の吹くような爽快感で
あの「翼」を見事に歌いきってくれました。
 日本の声楽家でもここまで「翼」の世界を表し、
巧みに歌う方って数少ないんじゃ?


 この演奏会で販売され、購入したCDは
もちろんバーバラ・ボニーの「ダイヤモンド・イン・ザ・スノウ:北欧歌曲集」
 CD自体の完成度も優れていて、実にお薦めのCDです。

 真に優れた芸術世界の扉を開くと、
その演奏者から、金色の魔法の粉をふりまかれたよう。
 魔法の粉があたりを漂っている間、私たちは夢の世界にいられるのです。

 ああ、リリック・ソプラノ、バーバラ・ボニーにハマってしまいそう・・・。





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