合唱団訪問記

第29話

 

「三つの抒情」


「合唱団訪問記」

 『Brilliant Harmony訪問記』

その2



 <19:47>

 ふっ、と扉から覗いたお顔。

 松下先生「あれ? 浅井先生じゃないの?!」

 ・・・と、松下先生も気づき、
ピアニストの浅井道子先生をお出迎え。(全員拍手!)

 この演奏会の最後を飾る三善晃先生の「三つの叙情」
 演奏会前に浅井先生のピアノで聴けるとは!ゼイタク!!

 浅井先生が準備をされている間に
 「♪もしも死が〜」…と歌い出す松下先生。

 …せ、せんせぇ、それは「三つの夜想」では・・・。

 浅井先生も「・・・その曲ですか?(笑)」と笑いながらピアノの前に。

 1曲目の「或る風に寄せて」から。

 煌めくピアノの前奏。
 柔らかなメゾ・ソプラノの旋律からはじまり、
ときおり松下先生の指示が飛び、全体を通す。

 松下先生「『ふるさとの夜に寄す』もそうなんだけど
        夕暮れが夜に変わっていく、
        辺りが暗くなっていく、と
        『自分の気持ちを包んでくれる』、ようなね。

        辺りが明るいと、自分が卑小化されてしまう。

        “暗くなる”…と言うことで、
        非常に自分の気持ちが出しやすくなる、
        そんな気持ちで」

 2曲目の「北の海」がやや厭世的な心から出た世界、ということから

 松下先生「1曲目と3曲目は
        自分の気持ちが救いを求める。
        ・・・自然や神、そして自分自身に救いを求めている。

        『西風よ』の部分で柔らかく歌ってしまうと
        その救いを求める気持ちが
        “揺らいでいる”ように聞こえてしまう」

 各パートの音量バランスにも注意しながら、
この楽曲の「歌うことの背景」を自分の心から説明していく松下先生。

 松下先生「『西風』や『夕暮れ』…などという言葉は
        どちらかというと、ネガティヴな言葉なんだよね。

        だけど、そこにこそ自分の気持ちを置きたい、と言うか。
        暗いところに自分を置くことで、心が動き出す瞬間があるわけ

 言葉による指示は楽曲の背景が多いが。
 松下先生の“指揮”は言葉以上に雄弁に理想の音楽を語る。

 
 からだ全体を捻り、ねじり、
(本番の演奏会ではもちろん無かったが)
 時には180°回転させ、楽曲そのものを伝える!

 それはまるで創作舞踏のよう。

 
 そして大きな動きだけではなく
 「みんななくしてしまった と…」の
 「と」 を表現するための、
 腕と手のわずかな動き、その繊細さ!

 かつて合唱を始めたばかりのころ、ある本で
 「一流の指揮者が前に構えただけで音楽が変わる」との
記述を目にして
 「へっ、んなバカなことあるわけねー」…などと思ったけれど。

 やはり優れた指揮者、というのはひとつの動き、指揮にも
深く、さまざまなメッセージが込められているのだ。
 歌う側は、それと知らず、その指揮者の音楽に惹かれ、
自分の今の歌から、指揮者の求める、
本当の音楽を目指してしまうのだ、という事実。


 <20:06>

 続いて2曲目の「北の海」
 合唱冒頭の「ラララ…」。
 最後、音符のわずかな長さに注意が。

 「三善先生が(音符の後の休符を)16分休符にした、ということ。
  それを『やらなければいけない!』…自分たちは!!」

 (“楽曲”を大切に思う松下先生も、もちろんだけど
  そういう指示を、すかさずメモするブリリ団員さんに感心。

  当たり前、と言えば当たり前なのかもしれないけれど。
  先生と冗談交じりの雰囲気の中に、
  やらなければいけないことはしっかり、自然とやっていると言うか)


 「そこは“凝縮した音楽”が欲しいんだよな!
  良く言うけど、フォルテがこれぐらい(と、壁に大きさを示して)あって、
  ピアノは、その一部分を切り取るんじゃなくって。

  フォルテの空間をピアノの大きさにまで
  圧縮して、詰め込んでいる。ぎゅうぎゅう詰めに!



 「男子高校生の弁当みたいだよね。
  母ちゃんがご飯をぎゅうっと押し込んで、詰め込んでいる!!

  えー、女子高生でもたまにいるけど。

  (団員を見渡して)・・・ダレ?(笑)


 <20:17>

 「ふるさとの夜に寄す」


 浅井先生の素晴らしいピアノが練習会場を満たす。


 松下先生
 「この前奏ったら、・・・ないよね!

 うんうん頷く団員の方々。(私もうなづいてた 笑)

 「一音でも泣ける!」…との声あり。

 全体を通し(通しながらも合間に鋭い指示が飛ぶ)、
最後のハミングになると

 「ダメだ!」の厳しい声。

 「“声”じゃないんだ、サウンドなんだ。
  ヴォリュームじゃない!



 「・・・浅井先生と『協奏』しようね。

  後から先生を追いかける、じゃなくって。

  それじゃ浅井先生も弾きにくいと思うんだよな・・・」

 さらに「遠くあれ…」から繋がる箇所の拍節感に言及して。

 「拍、というものは体から湧きいずるもので。
  『1、2、3…』と頭で考えると “遅れる!”」


  曲中、その拍節感を感じさせるため、足を大きく踏み鳴らし、
表現がもっと欲しいのか団員の顔近くまで体を乗り出す、
まさに「白熱した指揮!」


 「ふるさとの夜に寄す」の練習終わりに。

 「この曲には6小節の前奏があります。

  この前奏の音は、1拍ごと、ひとつひとつの音ごとに
  グラデーションで変わっていくんですよね…。

  それをみんな、自分の中でイメージをして欲しい。

  頭で何も描かないで、歌うのとは、違う。
  前奏のイメージを自分で描いて、そして
  『やさしい人らよ…』と歌いだす。

  ・・・これを本番にやりましょうね!





 (その3へつづく)



追伸
この「合唱団訪問記」をご覧になった感想、意見、要望等を
心からお待ちしております。
 メールは  fwny9752@mb.infoweb.ne.jp  まで。 
どうかよろしくお願いします! 
  文吾